日本を変えた千の技術博
S.52.5kg
あまりの引きこもり状況に目が余ったのか、
父が上野の科学博物館に行かないかと誘ってきた。
何もやることもないので着いて行くことにした。
特別展だった。日本の産業技術の歴史を振り返る。日本は明治維新頃に入ってきた西洋文化とその技術を凄い勢いで吸収する。当時の技術者の学ぶ姿勢は圧感だった。繊維・交通・土木・エンジン・情報といった各領域において産業技術がいかに発展してきたか、驚かされる。
ただ、エンジニアになりたい身には痛いほど力不足を感じる。過去の偉人の業績の前に、蹲ってしまう。
圧倒的な発明品を前に、自分の無力さと熱量のなさに絶望する。どうすればこんな素晴らしい技術開発の一端を担えるのか。
鑑賞後、レストランへ。
何も考えず、父と二人、洋風ランチプレートを頼む。ほとんど会話はない。
前来たときは小学生だったか、常設展の方も行くか、どこか上野を見て回るか、と父は自分に問いかけてくれる。
しかし私は目も合わせず「そうかな」「大丈夫」と言い慣れた言葉を漏らすのみ。
再び沈黙、そして「あそこに見えるのは哺乳類の骨かな」と父。私はそちらの方を向いたが、何を言えばよいかわからず、そうかもね、とやりすごす。
どうしてこうなってしまったんだろう。
定年退職した父と、2人で博物館に来るなんて滅多にない。父にとっては息子と共に時間を過ごせる数少ない機会じゃないか。
それなのに私は常にうつむき、何に興味を示すわけでもなく、淡々と展示物を見ていた。
もし、自分が父だったら息子と過ごせる時間は楽しいはずだし、思い出話やこれからのことについて話を咲かせることが、喜ばしく感慨深いものに違いない。そう望みたい。
しかし私は喋れない。周りが見えない。思い描いた家族の幸せに、自分は役不適。戸惑う父。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
うっすらと涙が込み上がるが、残ったプライドで押さえつける。
出てきたランチプレートは、自分のだけお子様ランチのように見えた。27歳の自分は、まだこんなところにいたのか、と気付き絶望する。
ガラスの向こうのマッコウクジラの標本に見守られながら、私と父は静かに食事を終えた
(ひょろ)